2026/10/23
「頑張っているのに、なかなか報われない」
「自分なりに努力してきたけれど、何も変わらない」
「もう、何をしても無駄なのかもしれない」
皆さま、こんにちは。
トータルバランス美容プランナーの小原 木聖です。
仕事や家庭、人間関係のなかで、冒頭のような気持ちになったことはありませんか?
いつも前向きに取り組んでいる人であっても、時にはそう思うこともあるのではないでしょうか?
特に働く女性は、仕事上の責任に加え、家事や育児、介護など、さまざまな役割を担うことがあります。
周囲の期待に応えようと頑張るうちに、自分自身の希望や気持ちを後回しにしてしまうこともあるでしょう。
今回は、心理学者マーティン・セリグマンの研究を手がかりに、「学習性無力感」と「ポジティブ心理学」について考えてみたいと思います。
そして、美容という日常的な行為が、私たちの心にどのような意味を持つのかについても触れてみます。
アメリカの心理学者マーティン・セリグマンらは、1960年代から「学習性無力感(Learned Helplessness)」に関する研究を進めました。
学習性無力感とは、自分の行動によって状況を変えられない経験が続くことで、その後、状況を変えられる可能性が生まれても、積極的に行動しにくくなる現象を指します。
例えば、職場で改善提案をしても、まったく聞き入れてもらえない。
努力して成果を上げても、正当に評価されない。
家庭でも、自分の意見や希望が尊重されない。
こうした経験が重なると、いつしか「どうせ言っても無駄」「私が頑張っても変わらない」と感じるようになるかもしれません。
これは単なる性格の弱さや、努力不足として片づけられる問題ではありません。
なお、学習性無力感の研究は、その後の神経科学によって理論が発展しています。
現在では、ストレスを自分でコントロールできるという経験が、無力感に関連する反応を抑えるうえで重要だと考えられています。
つまり、「自分の行動には意味がある」と感じられることが、心の回復を考えるうえで大切な視点なのです。
美容の仕事を長く続けていると、多くの女性が、自分のことよりも周囲の人を優先している姿に出会います。
仕事では責任を果たし、家庭では家族を支え、人間関係にも気を配る。
それ自体は素晴らしいことです。
しかし、他者への配慮がいつの間にか「自分を犠牲にすること」になっていないでしょうか。
特に接客業や医療、介護、教育などの対人援助職では、自分の感情を調整しながら働く「感情労働」が求められます。
笑顔で対応し、相手の気持ちを受け止め、時には自分の感情を抑える。
その積み重ねによって、心身が疲弊してしまうこともあります。
ここで注意したいのは、無力感を抱いている人に対して、安易に「もっと前向きに考えよう」と励ますことです。
本人の考え方だけでなく、職場環境や人間関係、社会的な役割の偏りなど、周囲の環境にも目を向ける必要があります。
人が変わる努力をするだけでなく、人を取り巻く環境も変わらなければならない。
私は、働く女性の心の健康を考えるうえで、この視点がとても重要だと思っています。
セリグマンは、その後、ポジティブ心理学の発展を牽引する研究者となりました。
ポジティブ心理学は、心の病気や問題を軽減することだけでなく、人間の強みや幸福感、生きがい、より良い人生のあり方を科学的に研究する心理学です。
ここで誤解してはいけないのは、ポジティブ心理学が「いつも明るく、前向きでいなければならない」と教えるものではないということです。
悲しみや怒り、不安といった感情も、人間にとって自然で大切なものです。
大切なのは、そうした感情を否定せず、自分自身の強みや可能性にも目を向けることです。
セリグマンは、幸福やウェルビーイングを考える枠組みとして、次の5つの要素からなる「PERMAモデル」を提唱しています。
– P:Positive Emotion(ポジティブ感情)
喜びや安心、感謝などの感情
– E:Engagement(没頭・熱中)
何かに夢中になり、充実感を得ること
-R:Relationships(良好な人間関係
他者との信頼やつながり
-M:Meaning(意味・意義)
自分の人生や活動に意味を感じること
-A:Accomplishment(達成)
目標に向かい、何かを成し遂げること
幸福とは、単に楽しい気分でいることではありません。
自分らしく生き、人とのつながりを持ち、自分の行動に意味を見いだせること。
そのような多面的な視点が、ポジティブ心理学にはあります。
では、ここで美容について考えてみましょう。
美容というと、外見を美しく整えることに注目が集まりがちです。
もちろん、髪や肌を美しく保つことも大切です。
しかし私は、美容にはそれ以上の意味があると考えています。
例えば、仕事や介護で忙しく、自分のことを後回しにしてきた女性が、久しぶりに美容室を訪れる。
髪型を相談し、自分の好きなスタイルを選ぶ。
ゆっくりと施術を受け、鏡のなかの自分を見て、少しうれしい気持ちになる。
一見、ささやかな出来事です。
けれども、そこには「自分のために時間を使う」「自分で選択する」「自分を大切に扱う」という経験があります。
学習性無力感の研究で重要視されているのは、自分の行動によって結果が変わるというコントロールの経験です。
美容行動が学習性無力感を直接改善するということが、十分に実証されているわけではありません。
それでも、美容を通して自分の希望を表現し、小さな選択を積み重ねることは、主体性を取り戻すきっかけの一つになり得るのではないでしょうか。
私は、美容の価値をそのような視点からも捉えたいと思っています。
一方で、美容そのものが女性にとって新たな負担になることもあります。
「女性だから、きれいにしていなければならない」
「年齢を重ねても、若々しく見えなければならない」
「仕事ができる女性は、外見も整っていなければならない」
こうした社会的な期待が、かえって女性を苦しめることもあるでしょう。
美容は、本来、誰かの評価を得るためだけのものではありません。
メイクをしたい日もあれば、何もしたくない日もある。
髪をきれいにセットすることが楽しい人もいれば、自然体で過ごすことを心地よく感じる人もいる。
どちらも尊重されるべき選択です。
大切なのは、「きれいでいなければならない」ではなく、「自分がどうありたいか」を自分で決められること。
その選択を支えることも、美容に携わる私たちの大切な役割だと考えています。
前回の記事では、ネガティブ・ケイパビリティについて取り上げました。
それは、不確実な状況のなかで、すぐに答えを出そうとせず、わからない状態に耐える力です。
今回の学習性無力感とポジティブ心理学は、一見すると異なるテーマに思えるかもしれません。
しかし、私には共通するものがあるように感じられます。
人生には、自分の努力だけでは解決できないことがあります。
そんなとき、無理に前向きになる必要はありません。
答えが出ない時間を受け入れながら、自分にできることと、できないことを見極める。
そして、ほんの小さなことでも、自分の意思で選択できることを見つけていく。
「変えられないことを受け入れる力」と「変えられることに働きかける力」。
この二つは、対立するものではなく、互いを補い合うものなのかもしれません。
私は、美容の仕事を通して、女性が自分自身を大切にすることの難しさと、その大切さを感じてきました。
そして今、心理学を学ぶなかで、美容の役割を改めて考えています。
美容は、人生の問題をすべて解決するものではありません。
けれども、自分のために時間を使い、自分の希望を表現し、自分自身を見つめ直す機会にはなります。
働く女性が、仕事でも家庭でも、ただ周囲の期待に応える存在としてではなく、一人の人間として尊重されること。
そして、自分の人生を自分で選んでいるという感覚を持てること。
それこそが、私が美容と心理学を通して大切にしていきたいテーマです。
「どうせ私なんて」と思ってしまうときこそ、自分に問いかけてみてはいかがでしょうか。
「今の私が、自分のために選べることは何だろう?」
その小さな問いが、次の一歩につながるかもしれません。
1. セリグマン,M. E. P. 著、山村宜子 訳(1994)『オプティミストはなぜ成功するか』講談社文庫。
https://www.kodansha.co.jp/book/products/0000161824
2. セリグマン,M. E. P. 著、宇野カオリ 監訳(2014)『ポジティブ心理学の挑戦――「幸福」から「持続的幸福」へ』ディスカヴァー・トゥエンティワン。
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I025860080
3. 島井哲志(2009)『ポジティブ心理学入門――幸せを呼ぶ生き方』星和書店。
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010436538
4. Maier, S. F., & Seligman, M. E. P. (2016). Learned helplessness at fifty: Insights from neuroscience. Psychological Review, 123(4), 349–367.
https://doi.org/10.1037/rev0000033